ミネラルウォーターを手作り出来る・サンゴの力/そら通信

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「そら通信」63号 2005年7月号

この際だから、言わしてもらおう!
「日本人に なにが足りないか?」

もっと笑顔でいなさい
 ロスアンゼルスからフリーウェイでサンタモニカに近づくと、車窓から(ブレントウッドの)丘の上に建つゲティ・センターが見えてきます。
 ゲティ・センターは石油王ポール・ゲティ氏によって建てられ、敷地面積92万坪、建物と庭園の総面積約3万坪という壮大なスケールの美術館で、1997年に開館しました。こうした私設美術館は日本にも数多く存在するが、スケール、美術品の数、質の高さにおいて(私設あるいは公共を問わず)はるかに及ばないでしょう。

 展示されているゲティ氏所蔵の絵画や彫刻は、主にギリシア・ローマの古美術、ルネサンスやバロック絵画など、ほとんどがヨーロッパ美術を代表するもので、ルーベンス、ミレー、ルノアール、ドガ、ドラクロア、マネ、セザンヌ、ムンク、ゴッホ。そして、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、アングル・・・等々に至ります。
 感激したのは、ポロックまでも(ゲティ・センター所蔵のものではないが)見ることができたことです。

 これほどの美術館でありながら、驚くことに入館料は誰でもがタダ。私たち4人のグループは、1台分の駐車料金7ドルを支払っただけ。しかも、この駐車場から山頂の美術館入り口まで利用するトラム(無人の路面電車)にしても無料なんですね。


 案内の表示に従ってテーマ別に分かれているそれぞれの部屋を訪れると、どの部屋もゆったりとした空間がとられているが、壁に点々と絵画が飾られている風景は日本の美術館とそうはかわりません。だが、それぞれの部屋の4階分にも相当すると思われる吹き抜け空間と、その天井全体が明かり取りになっていて、そこから差し込む自然光によって絵画が照らし出される光景は、日本の美術館では体験できそうにもない贅沢さを感じました。
 このゲティ・センターを設計したのは、リチャード・マイヤーという世界的な建築家だそうで、このマイヤーは、建築界のノーベル賞とも言われる「プリツカー賞」を受賞し、他にもフランクフルト装飾美術館やバルセロナ現代美術館などの設計を手がけています。

 そして、なんと(日本ではありえないだろうから・・・)、このような有数の絵画や彫刻が展示されているにもかかわらず、そのほとんどについて、フラッシュを使わない条件で写真撮影が許可されています。新藤さんが操作を間違えてフラッシュをたいてしまい、早速、監視員がとんできて、多少、お小言をちょうだいしましたが、「オォー! アイム、ソーリー」で、こころよく許してくれました。

 別の部屋に行くと、監視員のおじさんが何かを言いながら近寄ってきた。また注意されるのかと緊張したら、「smile、スマイル」と聞こえる。つまり、笑顔をしなさいと・・・。なぜ、そんなことを言われなければいけないのかと、ここは息子に通訳をたのみましたが、そのおじさんの話すところにグッとくるものがあった。
「日本人は世界で最も幸せな民族なんだから、もっと笑顔でいなさい」。つい私は、そのおじさんに握手を求めてしまいました。

 最近の、こんな紙面を読んだ方もいらっしゃるでしょう。

哀しい大人 反面教師に 未来を作って
朝日新聞 2005.5.28より     さだまさし

 こんな情けない大人たちに育てられた若き君の無念を思うとき僕は絶句する。
 提言などおこがましい。恥も、外聞も、自らの誇りも、金で売り渡してしまったような哀しい私たちを反面教師に成長し、無事に素晴らし
い未来を作って下さいと、伏して懇願するばかりだ。
 カラオケやヨン様に夢中で家庭を置き去りにしたかのようなオバサンたちも、若き日は未来を夢見、子育てに、理想の家庭を作るために、と努力した。無念にも世の中の壁に打ち砕かれ、
志を失ったり諦めたりしてしまったが、かつては君たちと同じように夢を抱いていた。
 一方、粗大ゴミ扱いのオジサンたちだって、かつて勇敢に国の不正義と戦おうとした人も多く、その敗北感や挫折感から自信を失い人生に迷った。そして虚脱感と虚無感と戦い、そこから抜け出すために仕事に命を捧げた。だがバブ
ルが弾け、「終身雇用」「年功序列」という「信仰」まで奪われた。
 こうして、いつの間にか、恥や礼儀を何処かに置き忘れたように見えるオバサンたちと、不完全燃焼のまま夢や情熱をなくしたように見えるオジサンたちがこの国の最多数派となった。
 かくて日本は世界で有数の幼稚で、恥知らずで、軽薄で、不人情で正義と夢のない国になった。
 これを素直に詫びて、お願いする。私たちと同じ轍を踏まぬように生き抜いて欲しい。今の大人たちとすべて反対のことをすればよい。難しくとも、だ。
 よく人の話を聞き、人と話すこと。「国とは国語なり」だ。友人を大切にし、礼節を重んじ、学歴を妄信せず、きちんと人の心を見つめ、年寄りを大切にし、子供を守り、男女は互いを尊重し、譲り合い、愛し合う。
 諍う時でも決して暴力に頼らず、相手の身になって考え、夢を捨てず、いつも明るく笑顔を絶やさず、力を惜しまない。これだけのことで君の末来は強く、大きく、明るく拓けるだろう。
 挫けそうになった時こそ私たちを思い出してほしい。私たちの後悔を君に味わわせたくない。以上、切実に膝を折って若き君にこいねがうばかりである。
 お願いだ。お願いだ。お願いだ。


 世界第2位の経済大国となった日本。だが、今や犯罪はますます増加し、家庭や学校の崩壊も伴なって教育が荒廃し、官僚や政治家の汚職はとどまるところを知らず。一方、外交に目を向ければ、北朝鮮の拉致問題、中国や韓国との歴史問題などが吹き荒れている。そしてグローバル化(=アメリカ化)という大義名分のもと、混沌とした世界情勢の激しい渦の中で翻弄(ほんろう)される我が国。
 団塊の世代である私は、今にして思えば、経済発展こそ夢と希望のある日本の未来がつくれると、一貫して教育されてきたような気がします。そして、そのことを何の疑いもなく信じ、がむしゃらに頑張ってきた。だが結局は、それは間違いであったと認めざるをえない状況になっている。なにか最も大切なものを置き忘れ、あるいは捨て去ってきてしまった、そういう虚無感に襲われるのは私だけではないはずです。
 今の日本は、何かがおかしい、何かが狂ってしまっている。

日本で働きたいとは思わない
 ロスアンゼルス市内の1日観光ということで日本人のガイドを雇いました。少し前までだったら息子が案内してくれたんですが、彼は就職したばかりなので、私たちのために、そう休むわけにもいきません。

 ガイドは、北川さんという方で、彼の運転するワンボックスカーでの案内でした。
 道々いろいろな話を聞きましたが、北川さんもこちらの大学を卒業していて、今年齢は36歳。アメリカには10年滞在しているという。
 彼の目標は、今と同じガイドの仕事で会社をつくって独立すること、そして、テニス・コ
ーチの資格を持っているので、その仕事もいっしょにやりたいらしい。
 「日本には帰らないんですか?」と聞くと、「それは考えていない」と、きっぱり。日本で働きたいとは思わない、日本の会社は窮屈だという。そうだろうな・・・と、私も同調してしまいました。

 少し話がそれますが、先月、私のサラリーマン時代の部下が、そらハウスを訪れました。彼と会うのは数年ぶりのことで、15年前に私がその会社を辞めてからも、彼は欠かさず年賀状を送ってきてくれていた。もちろん今年も彼の年賀状が届きましたが、そこには「まだまだ厳しいです」という添え書きがしてあったのです。
 気にはなっていたので春頃になってから、会社に出勤している彼に電話して「どうなの最近は?」と聞いてみると・・・、
「えぇ、大変ですが、もっともっと頑張らないと・・・」と言うので、私もつい「もう、それ以上頑張らなくていいよ!」と言ってしまった。
こんなきっかけもあって、再会しよう、という
ことになった。

 誤解のないように申しあげますが、彼の会社が世間一般に比較して、いい加減な、あるいは厳しい状況にある会社だ、ということはけっしてないと思います。
 官公庁を相手にした一部上場の企業であり、この会社に入る人達は、東大をはじめとする国公立大学や有名私立大学の理工系出身者がひしめいている。むしろ世間的には優良企業だと言えるでしょう。そして彼自身も有名私立大学を卒業していて、現在は課長の職にあって年収も1千万円は優に超えているはずです。
 私もその会社に18年間在籍していたから、現在は多少は違うかもしれないが、その会社の風土みたいなものはわかっているつもりです(そんなに変わりようがありませんからね)。北海道大学や九州大学を出ようが、はたまた慶応、早稲田を出ようが、かつて希望に燃えていた新入社員の多くが、10年ぐらい経つとクタクタになってくるんです。
 いっしょに食事をとりながら、君も何歳になったかな? と、聞くと、48歳になったという。そこで私は彼に提案しました。「これからどう頑張ったって、せいぜい部長どまり。社長はおろか役員にもなれないだろう。だったら、つぶれないように自分を大事にしていかないと・・・」。
 彼は、「えぇ、わかっています。だから今はもう、仕事よりも家族を大切にしようと思っています」と答えた。
 それで奥さんや子どもさんは元気にしているの? 彼の結婚式では、私は主賓として挨拶にも立っていますのでね。自然とそう訊ねた。
 すると、「女房は、パートに出ていますが、夜帰るのが遅いんです。最近、ヨン様に夢中になっていて、そういう友達の仲間に入って話してくるんで・・・。それに中学生の長男とは、どうも相性が悪くて会話ができないんです」と言うんですね。ウーン、彼にどう言っていいかわからなくなった。君も忙しすぎて、家庭を顧みられなかっただろうからな・・・と、
思ってしまう私がいた。


 さて、ロスの北川さんですが、そんな日本嫌いに見えるような彼でも、「日本はやっぱり最高に素晴らしい国ですよ」と話す。
「アメリカ人の日本人に対する評価はどうなの?」と聞くと、
「ひじょうに信用されます。でも、日本人と付き合ったアメリカ人が、同じ顔をしている中国人や韓国人と付き合って、日本人と同じと思って、ひどい目にあうことがあるんです」。

アメリカに住む不安・・・

 そして、年取ったら日本に帰ろうかと思っているとも言う。これは、この1週間の旅行中に、(ロス在住の)他の日本人からも聞かれたことだが、とにかく米国では医療に対する不安があるというのが、かなりの理由になっているようだ。
 北川さんも以前、結石で、救急車で病院に運ばれ治療を受けたことがあって、その治療費はなんと2万ドル(2百万円以上)にもなったという。幸い高い保険(つまり、保険料もかなり高い)に入っていたからよかったが、それでも日本円にして30万円ほど支払ったそうだ。
 アメリカでは、治療費が支払えないと、どんな緊急な状態であっても医者に診てもらえないらしい。「それじゃ、お金のない人はその間に死んじゃいますね」と言ったら、「そういうことですね」と北川さんは頷いた。
 それから比較したら、日本の健康保険などの制度は良くできてるな・・・。でも、日本もだんだんアメリカに近くなっていくのではという心配がこみあげてきた。

 医療保険制度の破綻にともなって保険料の値上げや自己負担率の増加が著しい昨今。しかも、救急車の有料化さえも考えられている。確かに、垂れ流し状態の制度にも問題はあるが、ただ効率一辺倒の改革をおこなってもいいものだろうか。日本がこれまでにやってきた、誰でもが安心して受けられる世界に誇れる医療。その素晴らしい部分まで切り捨ててしまってはならないはずである。

 アメリカの大学の卒業式シーズンは6月です。息子も、卒業自体は去年の12月にしていて、幸いなことに就職も日系の大手企業に決まり、すでにそこで働いています。ところで今回、私たちの渡米の目的は、その息子の卒業式に出席することでもありました。

 式の会場は、大学構内の図書館前の広場ですが、まず、おどろいたのが、その図書館の大きさなんですね。
 日本の、私がいた大学の図書館も、当時、新築してかなり大きな建物であった記憶がありますが、その数倍もの大きさがあるように思えた。

 また余談になりますが、当社のある埼玉県(さいたま市)には、いい図書館が本当にないんですね。以前、知事宛に次のような要望のメールを送ったことがあります。
「テレビ塔をつくるよりも(東京タワーを越す高さ600メートルのテレビ塔を誘致しようとしている)、ぜひ、素晴らしい図書館をつくってください」。だが、その返事は「経済効果がかなり見込めるから・・・」だった。
 つまり、いまだに稼ぐことが最優先なんだ
と思いましたね。でも、お役所がそういうことをやって上手くいったためしがあるんでしょうか? 今までハコモノや第3セクターなんかをたくさんつくって、大赤字になっている話は枚挙にいとまがない。当然、それ全部、私たち県民や国民が負担するんですね。
 もう、こういう稼ぐのはやめて、百年の大計を考えて素晴らしい図書館をつくってください、ということなんです。なぜなら、これからの地方の発展は、文化レベルやそこに住む県民レベルにかかっているんですね。いい人がたくさん住んでくれたら、おのずと県は発展します。そのためには、そういうレベルの高い人が住んでくれるような地域にしていかないといけない。
 
「日の丸」や「君が代」で
もめる理由はなんなの?
 ところで、この大きな図書館の上には、これまた大きな星条旗が悠然とはためいている。星条旗というのは、まっ、これは当然のことながら、アメリカ国民のシンボルなんでしょうね。あらためて気づいたことですが、町の(ロスアンゼルス郊外だが・・・)いたるところに星条旗が出ている。住宅地の民家の庭なんかにも星条旗を立てているところがある。また、大きなビルの壁面いっぱいに星条旗が描かれていたりする。

 ひるがえって我が日本の日の丸はどうなんだろうか、と・・・。サッカーの試合なんかで見かけるだけで、われわれの身近ではほとんど見なくなりましたね。いや、それどころか学校の卒業式なんかで日の丸の掲揚でもめている状態です。
 アメリカの地にいて、少し感傷的になったせいもあるのか、これはひじょうにおかしいと思った。私の子どもの頃は、旗日なんかに家の前に日の丸を立てるのは当たり前のことだった。それが何でこんなにも日の丸のことでもめなきゃいけないんでしょうね。
 日本に帰ったら、会社の玄関のところに日の丸を立てようか、と私が言ったら、北川さんや、息子をはじめ息子の友人もみんな真顔で「そうしてください」って言うんです。つまり彼らは、アメリカという外国の地にいるからこそ、日本人のプライドを表す日の丸を、日本にいるわれわれ以上に意識するんだろうな、と思いましたね。

 日の丸掲揚を反対したり、君が代斉唱で起立しなかったりする学校の先生達。その理由は、日の丸や君が代が、前の帝国主義や侵略戦争の象徴みたいに考えられるからなんだろうか。
 あるいは、これらを「強制」することが、日本国憲法で保障される思想・良心の自由や表現の自由を侵される、ということらしいが、では、その先生達の「思想や良心とは」どんなものなんでしょうか。

 息子の大学の卒業式では、先ほどのようにアメリカ国旗が掲揚されるのは当然のこと、「O say, can you seeオー、セィ、キャン、ユー、シー、・・・。見えるかい? 夜明けの薄明かりの中で−(中略)−火矢の赤い輝き、爆弾の空中破裂・・・、我々の旗がまだそこにあることを」と、教授達はもちろん学生達も、その家族も(日本人である私たちでさえも・・・)全員が起立して、アメリカ国歌をそれこそ誇らしげに斉唱するんですね。

 何事も「強制」ということは私も賛成できませんよ。だが、アメリカ国民である彼らは、自発的に国旗を誇りに思い国歌を斉唱する。それは愛国心からきているはずなんです。
 この愛国心というものについて、日本の先生方はどう考えていらっしゃるのか? では、日の丸や君が代に敬意を払えない、その思想や良心というものが、どういうものなのかを是非うかがってみたい。


 インターネットの中で、女子高生のこんな投書を見つけました。

 初めまして。私は西日本に住む高校3年生で、来月から大学生になります。

 私の高校3年生のとき、市町村合併に伴い、高校の合併式及び入学式で国旗掲揚・国家斉唱がありました。当時不起立無言を2度貫きました。その時、周りの女子が私のことを小さい声でけなしてましたが、別になんとも思いませんでした。というのも、自分が本当の意味で正しいと思っているため耳を傾けませんでした。
 ところが、私たちが卒業する際、壇上には私の嫌いな日本の国旗。前日の予行練習での歌の斉唱では、校歌や賛美歌はとても綺麗な歌だったので歌いましたが、「君が代」は歌いませんでした。
 しかし、当日は隣が先生で「君が代」の演奏が始まったときは、周りの人(生徒)ではなく隣の先生の目線が気になり、結局立ったまま、歌わなかったのです。罪を犯したときみたいに「罪悪感」がありました。それと、先生はまるで、機械に操られていたような感じでした。さきほど言ったように、私は日本国旗は嫌いです。国歌も嫌いです。

 しかし、私の住む「県」はとても好きです。「日本国」よりも自分の住んでいる「県」のほうが私にとって信頼できます。海外の生活で出身が「日本」というよりも、国内で出身地を聞かれて「県」の方を言うほうが私は誇りに思えます。それと同時に、「日本国旗」は「日本国」の哀れな負の遺産だと思います。しかし、「県旗」は好きです。「郷土愛」はあっても「愛国心」はありません。私がこのことで言いたいのは「卒業式は何のためにあるのか? それは、日本国のためではなく、その学校を卒業した生徒やその両親のためにある」私はそう信じています。
 壇上には先ほど言ったように「日本国旗」“しか”ありませんでした。そもそも私の学校は「県立」の高校であるため、本来ならばその都道府県の旗と、その学校の主役である「校旗」の2つの掲揚があるべき姿だと思います。
 しかも、「東京都」ほど「日本国旗」や「日本国歌」を強制させる哀れな場所がいくつかあるようです。だから、「県」よりも、「東京都」の方が、真の意味で「個人を個人と思わない行政」だと改めて実感しました。私に何れ子供が出来ても、「愛国心」ではなくて「郷土愛」を育てるようにしたいです。
 また、今の「日本国旗」や「日本国歌」は負の遺産です。新たに「日本国旗」や「日本国歌」を変えるべきだと思います。
※文中の傍線は、私(永島)が引きました。

 私も、さすがに驚きました。なんと哀しいことでしょうか。こんな若い人にして自分の国を愛せないとは。早速、返信のメールを送ってしまいました。

正しい歴史認識とは・・・
 日本の国旗や国歌を、なぜ「負の遺産」と思うのでしょうか? 昨日、ロスアンゼルスから帰ってきました。実は、私の長男がカリフォルニアの州立大学を卒業して、その式典があったからなのです。当然、そこではアメリカ国旗が掲揚されますし、またアメリカ国歌が斉唱されます。
 長男はアメリカで日系の企業に就職しましたし、その他にもアメリカで働く日本人の若い人達がいます。その人達が異口同音に言うのは、アメリカ人に信用されるのは、日本人だということです。その主な理由は、約束を守るからだそうです。それに比較して、中国人や韓国人はあまり評判が良くない。なぜなら白人が、同じアジア人として日本人のように信用してしまうと、とんでもない目にあうからだと言います。なにしろ、約束というものを守らないようだ。

 今、中国や韓国から「歴史認識」のことを盛んに言われるが、まさに日本として望むところではないでしょうか。果たして、彼ら中国や韓国が本当に正しい歴史認識を持っているのか? あの当時の時代背景は欧米列強がひしめきあい、植民地支配を強めていたことを忘れてはならないでしょう(なんと当時、世界の9割を彼ら欧米人が支配していたと言われます)。日本も、その脅威のまっただなかにいたということであり、事実、中国や朝鮮は、欧米やロシアの支配を受けていました。

 こういうことも考えなければいけないでしょう。彼ら欧米人は、植民地支配の中で搾取というものを徹底してやりました。なぜなら有色人種を、彼ら白人と同等とはまったく考えていなかったからです。ですから欧米人の植民地支配は、その国を発展させるどころかほとんど荒廃したと言われています(事実、その後独立したアフリカ等の国々は、今や散々たる状況なのはご存じのとおりです)。
 では一方の、日本の韓国や台湾に対する支配はどうだったのでしょうか? 彼らを日本人と同等に扱っていたことも忘れてはなりません(事実、朝鮮人でありながら日本軍の将軍にまで昇進した人もいれば、数多くの将校もいました)。それは植民地支配を強める欧米列強に対し、アジア人が共同して対処しなければならないという考えがあったからです。

 その結果はどうでしょうか。
 日韓併合以前は、李朝封建時代の腐敗体制の中で、国民には、政治もなければ教育や経済もほとんどない状態でした(なにしろ、小中国とまで言われて中国に対する朝貢政治をやっていたぐらいですから)。
 時の伊藤博文は日韓併合に反対しました。なぜなら、朝鮮に投資しても日本としては大きな損失になると考えたからです(なんと台湾でさえも、当時の日本の国家予算の10%も投資し
ていました。また朝鮮半島への1945年の敗
戦までに日本がつぎ込んだ投資額は、現在の価値にして80兆円以上というとんでもない額になったといわれます )。
 不幸にして伊藤博文は暗殺されました。そして日本の支配を受けた韓国や台湾は現在、ひじょうな経済発展がなされています。 
 同じ日本の支配を受けた国として、台湾は大変な親日であり、韓国(や中国)はきわめて歪曲された反日教育をしています。この歴史問題については早急に研究し直すべきです。

 ですから、日本が他国をただ侵略したから悪いという考えに終始してしまうことには問題があります。当時、欧米列強におののくアジアにおいて、唯一日本だけが、その支配を受けていませんでした。また、大国ロシアを打ち負かしたことは、どれほどアジア人全体に勇気を与えたことか。

 それがなければ、今頃は、白人から黄色人種は人間扱いされていなかったかもしれません。

 今、日本人として大切なことは世界で活躍する日本の若い人達のためにも、日本人としての誇りを持つことです。こんなにも素晴らしい国は、世界中のどこを探したってありません。その象徴である日本国旗を「負の遺産」として、どうして考えられるのでしょうか。日章旗は平安時代に生まれたとされます。「日出でる国」としての日本、そのことを表す国旗です。
 中国のような中華思想のもと、他国を属国扱いするような覇権主義はもっていません。

 不幸な時代があったことは認めるべきですが、だからといって日本人の誇りを捨ててはなりません。大きな世界の歴史の中ではいろいろあったということです。むしろ世界は、ほとんどが戦争の歴史でした(今ですらそうです)。その中で、いかに日本が平和を維持してきたか。つまり前の戦争は、その中の不幸な1ページではあるけれども、また歴史的な必然性があったことも認めなければならないと思います。
 本当の意味での歴史認識とは、ただ、中国や韓国に一方的に言われるのではなくて、もっと客観性のある研究を重ねて、時間を十分にかけながら正していく必要性があることを強く感じます(歴史というのは、その国の、その時の政治や政権にとって都合良くつくられる背景が必ずあるのですから・・・)。

 今の日本が荒廃しているのも、日本人としての誇りを失っているからだという理由が考えられます。なぜ、官僚や政治家の汚職が絶えないのか? なぜ、企業が信頼をうらぎるのか? なぜ、教師でありながら破廉恥な行為をするのか? なぜ、若者が荒れるのか? それは、日本という国を愛していないからです。つまり愛国心がないのです。
 愛国心を持っていたならば、今の汚職をする官僚や政治家のように自分のことばかりを優先するのではなく、当然、自らの国を傷つけるような行為をするはずもなく、日本国のさらなる発展と繁栄と平和のため、おしみない努力をすでるしょう。そして、世界に対しては、誇りある国の人間として立ち居振る舞うはずです。
 また、ぎゃくにそうでければ、他の国からは信頼されません。プライドのない人間が尊敬されないのと同様に、プライドを持たない国が尊敬されるはずもないからです。

 よく考えてみてほしいのです。祖国を失った国民がいかに悲惨であるか。それは、ユダヤ人の歴史などにおいても証明されています。ですから、今のイスラエルのような行為につながっているのでしょう。本当の意味で国を失ったこ
とのない日本人だからこそ、自分の国の大切さというものがわからないのです。

 日本に帰ってきてから、何人かの友人や知人に、日の丸を立てようかと考えていると話したら、
「そういえば最近は日の丸を見なくなったね。でも日の丸なんか立てると、右翼と勘違いされるよ」って、みんな言うんですね。
 なんで自分の国の旗を立てるとそうなるのか。これほど卑屈に考えてしまう国民は、世界中のどこにもいませんよ。「じゃ、こうしたらどうだろう。日の丸と星条旗と2本立てよう」と、私は冗談ごかしに言いました。

他国の国歌こそ過激・・・
 「君が代」についてもふれておきたいと思います。正直私も、学校時代に歌わされているときには、意味もよくわからずに何にも考えていませんでした。また、少し前までは、君が代を天皇の代と解釈して多少抵抗をおぼえたこともあります。でも、今では考えすぎではないかと思っています。
 なぜならば君が代を、私たち日本人の世(あるいは世界の人達の世)と詠みかえてもいいのではないか−古今和歌集では「わが君」だったが、和漢朗詠集で「君が代」に変わった。君は相手への敬語、代は齢を指す。
 縁談がまとまった、家を新築した、病気がなおったなど、祝いの席に専門の芸人がよばれたりして、はやりの節で主人を祝って「君が代は」とうたった−という説もあるぐらいですから。しかも、きわめて平和的な詞です。他の国をやっつけようなどという排他的な意味はまったくありません。

 この「君が代」と比べたら、アメリカをはじめとした他の国の国歌は、元々は、ほとんどが軍歌であり、しかも、民主主義国家の盟主のようなイギリスでさえも何と女王を賛美する歌になっています。ようは国歌とは、その国の歴史や伝統を背景にしてできあがっているのであって、それが歌い継がれているだけなんですね。
 もし君が代が、天皇崇拝であるとか、全体主義的であるとか批判するのであれば、それこそ、世界でも有数の民主国家と標榜するこれらの国々の、独善的かつ攻撃的、排他的な国歌についても問題にしなければならないでしょう。

イギリス国歌
God Save The Queen (神よ、女王を守り給え)
神の救い われらが女王にあれ 幸と勝利 栄光あれ 栄え給え わが女王

フランス国歌
La Marseillaise (ラ・マルセイエーズ)
ゆけ、祖国の国民 ときこそ いたれり
正義のわれらに旗はひるがえる 旗はひるがえる
聞かずや 野に 山に 敵の叫ぶを悪魔のごとく 敵は血に飢えたり  たて国民 いざ剣とれ 進め進め あだなす敵をほふらん(切り殺せ)

中国国歌「義勇軍行進曲」
起て!奴隷となることを望まぬ人びとよ!
我らが血肉で築こう新たな長城を!
中華民族に最大の危機せまる
一人びとりが最後の雄叫びをあげる時だ
起て!起て!起て!
もろびと心を一つに 敵の砲火をついて進め!
敵の砲火をついて進め! 進め!進め!進め!
 君が代に反対している人は、もし、気に入らないのであれば、どんな国歌にしたらいいか、ぜひ提案していただけたらいいと思います。


 ガイドの北川さんは、リトル東京の近くのユダヤ人街にある銅像のところに案内してくれました。この像は、戦前ナチスから逃れ日本への通過ビザを求めにやって来たユダヤ人約6000人に「命のビザ」を発給した日本の外交官、杉原千畝(すぎはら・ちうね)氏を讃えて、ユダヤ人の人達が寄贈したものだ、と話してくれました。

 ナチス・ドイツは確かに、全てのユダヤ人の抹殺をねらって大量虐殺をこころみたのでしょう。だが、日本軍の残虐行為があったことは認めるにしても、そのことをナチスと同等に語られるのは、いかがなものでしょうか。
 まず日本が、ナチスと同じように中国人民の抹殺を考えただろうか? そんなことはありえません。しかも、その行為があったとされるいろいろな数字についても中国当局の発表する一辺倒のもので、私たち日本人が確かにそうだとは、とうてい承伏できるようなものではないはずです。
 教科書問題等でいろいろもめているが、あらためて日・韓・中3国の、真摯で客観的な歴史研究をぜひやってもらいたいものです。そうでなければ、日本のみならず、韓・中両国にとっても大変に不幸だと言わざるをえません(いつまでたっても真実は埋もれたままで、本当の意味での友好には至りませんからね・・・)。
 先ほどの話になりますが、多くのユダヤ人を外交的に救った杉原氏の行為は、もし当時の日本がナチス・ドイツのような絶対主義下のもとであったなら、とてもできなかったことだろうと思います。

子どもは真っ白いキャンバス
 今回の「日本人に なにが足りないか?」というテーマで、私がお伝えしたいことはもうご理解ただけたかと思いますが、再度申し上げます。
 すなわち、日本人としての誇りを持つこと。日本の国を愛すること。そして、日本を愛せるような国づくりをすることです。
 それには子ども達の、これからの教育がきわめて重要なことは言うまでもありません。しかしながら、果たして今の日本は、そのような教育がなされているのか−「真実」とは何でしょう? 先ほどの女子高生のように、自分が生まれ育った祖国を卑屈に思わせることなんでしょうか。あるいは、誇りを持たせることなんでしょうか。
 子どもは「真っ白いキャンバス」のようだと言われます。ですから、大人がどんな絵でも描くことができるのです。私が言うのも生意気なようですが、本当の意味での「真実」というものを、ぜひ学校の先生方にも真摯に考えていただきたいと思うのです。

 そして、次世代の子ども達に日本国を託すわれわれ大人としても、その責任は重大です。なぜなら、学校の教育ばかりを問題にしても解決にはならないし、むしろ、家庭での教育こそが大切なんです。
 また、どのような社会教育をしていくのか、つまりこれは、どのような「会社や官庁、政府や地方行政、国」をつくっていくか、という社会構造の問題につながっていきますね。それをやるのが、われわれ大人達の責任なんだが、この大人達がまた情けないの一言。


無関心のダサイ人間をやめるほんの少しの関心でも・・・世の中が良くなる

 最後に、このことを申し上げておきたいと思います。つまり「無関心」という問題なんです。
 今回のロス滞在中には、息子の友達を招いた食事会をやりましたが、もちろん、その中でいろいろな話題がでてきます。その友達が「もしアメリカ人に対して北朝鮮の拉致があったら、アメリカはすぐ攻撃しているよね」と言うので、みんな「そうだな」と頷きました。正直、これは何とはなしの会話だったけれども、私としては何ともやりきれない気持ちになった。
 なぜなら多くの日本人にはこの拉致問題も、どうも他人事で、テレビの話題ぐらいにしかなっていないと思われるからなんですね。しかも、どうすることもできないという閉塞感さえある。でも、かりに自分の子どもが拉致されたら、と考えたらどうなんだろうか・・・(そんなことはまずないと、ノー天気に考えるところが、これまた日本人の悪い癖なんだけどもね)。
 国民を守るというのは、これは政府の最大の責任であり義務なんです。ところが今の政府の態度ではそれも、どこ吹く風っていう感じがしますね。むしろ、このまま早く終わってほしいと思ってるんじゃないか、と疑りたくなるぐらいに・・・。
 なぜ北朝鮮は、日本人を拉致してもアメリカ人を拉致しないんだろうか? 当然ですね。やっぱりアメリカは恐いんだ。それにひきかえ、まったくなめられている日本。
 ところが、それは今の政治や官僚が悪いんだと、その責任を全部、他人に押しつける国民もひじょうに悪いんですね。自分には関係ないというような態度で。あるいはいつものように「自分にはどうしようもないから・・・」
と頭の外に追いやってしまう。


 実は5月に、さいたま市の市長選挙がありました。4年前に合併して人口100万人以上の政令指定都市になってからの最初の市長選。現職市長は、それほど評判が良いとは言えなかったけれども、1万票そこそこの僅差で対立候補に勝ったんです。
 でも、ここが問題なんです。前回の選挙では合併もからんで市民の関心も、わりと高かったんでしょう。なんとか44%程度の投票率が確保されました。だが今回は、10ポイントも下がって34%台になってしまった。私も、あまりの無関心さ、住民レベルの低さに呆れかえった。

 投票に行かない人の言い訳ってきまってるんですね。「私一人ぐらい行ったって、何にも変わらないよ」、「だって投票したい人がいないんだもん」、など。

 つまり、自分の住むところがどうなろうと、あるいは国がどうなろうと、自分には関係ないと言っているのと同じなんですね。私は、昨年選挙権を持った長女に、「投票に行かなくて、自分の国のことも決められないようなダサイ人間にはなるなよ」と教えた。
 こういう投票に行かない人は、いかに自分の存在価値が低いか、ということを自ら表明しているようなもんなんです。でも、もっと人間一人ひとりの力はずっと大きい。
 たとえば、自分の今とっている態度や考え方が、どのぐらい自分の子どもに影響を与えているか。あるいはご主人や奥さんに、あるいは友達に、あるいは会社の人達に、自分がいかに大勢の人達に影響を与えている存在なのか、ということに気づいていない。

 この市長選でかりに、たった2%(34%→36%)の投票率が上がっても、(有権者数は約90万人だから)1万8千票ぐらい増えたわけですよね。そうしたら、逆転していたかもわからないんです。
 実は誤解のないように、私の住民票は東京にありますから、どちらを応援したっていうことはないんだけれど・・・。一方で、投票率がこれほど低かったというのは、市長の責任も大きいと思いますよ。今回再選されたからよかったではすまされない(それほど魅力の無い市政をやってきたという責任があります)。
 これを国の選挙に当てはめてみると、ほんの僅かの投票率の上昇でも政権が変わってしまう可能性があるんです。しかも、こうなると政治家は(そして官僚も)緊張する。つまり政治にダイナミズムが生まれてきます。

 いかがでしょうか。自分が無関心でいると、こういう結果になるという一例として市長選挙のことをお話しました。
 私たち大人の責任とは何か?
 若貴兄弟のくだらない喧嘩話や、もんたさんの安直でとめどもない健康番組ばかり見てないで、ヨン様に夢中になっていられる時間を少しは割いて・・・、もっとこれから私たちの国がどうなっていくかという問題に関心を傾けて、国民の一人として投票に行くことは当然であり、自分から見て、自分にプライドが持てる行為をいつもやっているかに注意して、しかも自分の健康に責任を持ちながら、日本人としての誇りを持って生きていくことだと考えます。

 今私は、アメリカの著名な心理学者、A.H.マズローの「人間性の心理学」を読んでいます。まだ読み始めですが、「人はどんなに多くのモノを手に入れようと幸福にはなれない。自己実現している幸福な人は、与えられた恩恵の価値を知り、感謝し、排他的な二者択一を避けている」と言っていることが、とても印象的でした。
 これは言いかえれば、素晴らしい国に生まれ住んでいながら、それに感謝できず、(他人よりも)もっと多くの物を手に入れたい、もっと成功したいとあくせくしている、そんな日本人の姿では、絶対に幸福になれないということなんですね。
 そして、その感謝の気持ちというのは、祖国を愛する心がなければ生まれてきません。

(2005.6.19 そら代表 永島昌和)

BOSS法やって1ヶ月で好転!
血糖値300→90
ヘモグロビンも11.3→9.0

糖尿病と聞いて腰が抜けた

ー糖尿病はいつごろわかったんですか?  いや、自分は全然気づいていなくて。43才で緑内障がひどくなって、両目の眼球を摘出しなきゃならなくなった。その手術前の検査で血糖値が276もあった。自分が糖尿病だなんて思ってもみなかったので、聞いた途端腰が抜けてへたへたと座り込んじゃって。
 血糖値が高くては手術ができませんから、薬を飲みながら、食事は1日1200キロカロリー制限。2週間後片方の目、また2週間してもう一方の目も摘出。
 入院中もなるべく体を動かそうと階段の上り下りをしたりしてましたね。1ヶ月間入院して、その間食事療法もして薬も飲んでたこともあって血糖値は110〜120くらいで安定した。 退院するときも、お医者さんから「これからは食事に注意してなるべく運動するように」と注意を受けただけで、とくに糖尿病の治療が必要とは言われなかった。

ー小さい頃から弱視だったそうですね。
 その5年くらい前から緑内障で、その頃は、0.02と0.01でうっすら見えていて弱視だった。お産婆さんにとりあげてもらったとき「こ

の子は可愛そうだけど眼球が濁っていて目がご不自由のようですね」って言われたそう。

マッサージの仕事は
もう40年やっています
ー早くからマッサージ師の道に進もうと決めてらしたんですか?
 目の不自由なひとの学校に行ってまして、中学3年を卒業してマッサージ専門の学校に進みました。
 18才からマッサージの仕事をはじめ、24才で自宅の一間を使って開業しまして出張マッサージもやりました。この仕事は時間が不規則で、夜10時11時ってお客さんがいらっしゃいますから、夜1時頃まで仕事して夜遅く食事するなんてことをしてましたね。
 お客さんのあいまに急いで食事をしなきゃならないからつい早食いになってしまって。そんなこともきっと糖尿病になった原因かも。目の手術から退院後、しばらくは血糖値も安定してヘモグロビン値も6くらいだったんですが、仕事をするとお腹がすいていっぱい食べてしまったり。
 半年もしないうちに血糖値が200を越えるようになって朝1回薬を飲むようになり、そのうち300になることもでてきて薬が朝晩2回に増えちゃったんです。

ー糖尿病をよくするためには運動と食事といいますけど、目が見えないと外を歩くこともできないでしょうからね。
そうなんです。小さいうちから見えない人は、勘がいいですから杖を使ってサッサと歩けるんでしょうけど、私は40才頃から見えなくなったので一人で歩くのは恐い。運動をしなくちゃと思っても自宅マンションの階段を登ったりおりたりすることぐらいしかできなくて。

「ハイ気をつけます!」と
返事ばかり良くて・・・
ーお医者さんから合併症のことなんか言われたりしませんでしたか?
 年中言われてましたよ。腎臓が悪くなって透析になるとか、心筋梗塞とか動脈硬化とか。お医者さんから注意されるたびに「ハイ気をつけます」って返事ばっかりで、結局この10年間よくなりもしないし、薬を飲みながら200から300のところを行ったり来たり。食事と運動ってことはわかっていてもなかなか・・・。

ー「サンゴの力」から使い始めたんですね。
 3年くらい前にサンゴの水を教わって。まろやかで飲みやすくてすごく気に入っちゃって。汗っかきで水は飲むほうなので1日に3リットルくらいは簡単に飲んじゃいますね。お小水の出がよくなって、便秘にもなりにくくなりましたね。それからマックスピアも少しずつ飲むようになったんですよね。そうしたらお通じがさらによくなった。
 1年ぐらい前になりますけど夜なかなか寝付けなくて、寝てもすぐ目が覚めてしまって、そのあと眠れなくて困ってた。安定剤も飲んだりしてましたし。それが、珊瑚の恵を夜寝る前に飲むようにしたら、よく眠れるようになって薬もいらなくなった。それから珊瑚の恵は欠かせなくなっちゃって。サンゴの水、マックスピア、珊瑚の恵と使ってたおかげで、血糖値が高いわりには元気でしたね。タンパクも出ないとお医者さんも不思議がってました。

サプリタイムで数値が好転して・・・うれしくて!

ーどうも血糖値とヘモグロビンが下がらないというので、サプリタイムをおすすめした。
 食事を我慢しなくちゃいけないのかなとか、おなかがすかないかなあと心配でした。
 でも飲んでみたらおいしいし、腹持ちもいいのでちっともつらくないですね。朝1回飲む日もあれば、朝昼2回サプリタイムにする日もある。そしたら、1ヶ月後の検査で300もあった血糖値が90に、11.3あったヘモグロビンが9.0に下がったんですよ。うれしくて!
 今度の検査でまた同じようにいい数字がでれば、安心できるなあと思ってます。それに少しやせたかも。会う人にやせたねえって最近よく言われるので。
 でもまだ太ってるので、あと5sくらいやせたい(笑)。階段もスイスイ登れるようになったですね。前は4階まで登ってくるのに、息切れがして休み休みだった。あと、いつもふくらはぎがだるくて湿布を貼っていたのが、サプリタイムを始めて4〜5日で全然なくなったので不思議ですね。この調子で糖尿病をしっかり改善して、体が続く限りマッサージの仕事は続けていきたいと思ってるんです。


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